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2017年 09月 19日 ( 1 )


2017年 09月 19日

佐渡金山

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外海府を回った後、佐渡金山辺りに行ってきました。これは俯瞰したところ。
まだ中学生くらいだったころ、金山坑道の中に入ったことがあります。
青白い顔の炭鉱夫の人形が鍬を上げたり下ろしたりしていて、怖かった思いがあります。
怖いというか、気持ち悪くてあまり乗り気でなかったのですが、
パンフレットでこの北沢浮遊選別鉱場を見て、是非行きたいと思いました。
それに、この辺りが世界遺産登録を目指している、ということもあり、今のうちに見ておこうと。


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北沢浮遊選鉱場跡
日本で最初に金銀鉱石の浮遊選鉱法を採用し、昭和11年に工場建設に着手されました。
もともとは銅の製造過程で行われていた技術であった浮遊選鉱法を金銀の採取に応用し、世界で初めて実用化に成功したものです。
戦時下の大増産計画によって大規模な設備投資がされ、
1ヶ月で50,000トン以上の鉱石を処理できることから「東洋一」とうたわれました。



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シックナー
不足する工場用水を確保するため、水と冬ン物を踏んりする装置で、不純物は捨てられ、水は浮遊選別鉱場で再利用されました。
直径50メートルで国内でも最大規模の施設でした。



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大立堅坑(おおだてたてこう)
明治8年、ドイツ人技術者の市道で開削された樹金属鉱山では日本最初の西洋式立抗(垂直坑道)です。
この立坑には平成元年まで使用された鉄骨ヤグラ、コンプレッサーなどが現存しています。



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道遊の割戸(どうゆうのわれと)
江戸時代初期に、その頂部が人の手で掘り進められた露頭堀跡で、山を斧で割ったように見え、佐渡金銀山の象徴となっています。

説明の大部分は佐渡のパンフレットを参考にさせていただきました。

この金銀山は江戸時代から平成元年の操業停止まで、国内最大の金銀山として78tの金と、2330tの銀を産出したそうです。
案外最近まで、操業していたんですね。そんなことも知りませんでした。



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この塀の中は「佐渡版画村美術館」があります。
時間も遅くなっていたので中には入りませんでしたが、旧相川裁判所の建物をそのまま使ているそうです。



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塀の上の瓦ですが、外側に装飾されています。
いつ頃のものなんでしょうか。



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塀に沿って緩やかな坂道を歩いて行くと、江戸時代に時を告げていた時鐘があります。
 明治初年まで使われていたそうです。

他にも佐渡奉行所跡や旧相川拘置所があったりと、いろんな見どころがあります。
また、いつか行ってみたいですね。





8月29日 佐渡市相川付近




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by sonatine-album | 2017-09-19 12:11 | 新潟 | Comments(0)